べにぢょの日記

美人とギークが好き

優秀な人にダメ出しした時の神対応に恍惚としてる

”よくないという意見ほど、よい助言はない”ということを、よく知っているのだろう。

「ダメなとこがあったらどんなことでも言って。
 いつでも気付いたらすぐ言って。」

という言葉を真に受けて、さんざん思いつく限りのダメ出しをしてきた。


「うるせー」「知ってるよそんなこと」「直そうと思ってるよ」「面倒くせぇ!」
と感じたこともあるにちがいない。きっとあるはずなんだ。
でも、一度たりとも嫌な顔を見せたことがない。
それどころか、気分を害した様子さえ、みじんも感じさせない。


”自分のために時間を使って考えてくれた” ”ネガティブな意見をあえて言ってくれた” ということを、よく分かっているのだろう。
なにを言われようと、いつなんどきでもまず必ず 「ありがとう!」 と心から感謝をする。

ダメ出しは、精神的カロリーの消費が高い。相当の勇気とエネルギーがいる。
相手に嫌がられるリスクを承知した上で、ダメ出しするのは本当は嫌だ。
だから、ダメ出しの内容以前に、まずはその気持ちに精一杯の感謝を示す。
そうでないと、他者の助言を得られる機会は永久に失われると知っているから。


”自分1人の力でできることには限界がある” ”他者の介在なくして成長はできない”という覚悟が、すべての根本にあるのだろう。
「自分1人で考えても分からないから、どんどんダメ出しして助けてほしい」 という反面、「関わった人間に絶対、損はさせない」と言い切る自信。

それは、必ず成功して、目をかけてくれた人の思いに報いるという決意。
成功するまでは、あらゆる努力を尽くして絶対にあきらめないという宣言。
それが、自分にダメ出しをしてくれた人に対する、最大の誠意の表明だと知っているのだ。


「がんばる」 という言葉を、その人から聞いたことがない。
結果を出す、と決めた以上、”がんばる” のではなく ”やる”。
ダメ出しされたことに対して、少しでも可能性があるなら今すぐ変える。
失敗したらその経験を生かして次に進める。
”何もしない”のが最大のリスク であることを、よくわかっているのだ。
変わらなければ永遠に成長しない。時間は過ぎる。環境も変わる。変わらないものは取り残される。


とはいえ、すべてのダメ出しをそのまま受け入れるわけではない。
ダメなダメ出しもある。ふつう、そんなものは適当に対応して聞き流せばいい。
でも、なにを言ってもスルーされたことはない。こう言うんだ。

「それはできない。どうすればいい?」


些細な批判を無視するのは簡単。たいした影響はないかもしれない。
でも、向き合う。真意を聞く。ドリルじゃなくて穴が欲しいのかもしれない。
そういう意見を見逃さない。自分が相手の真意を理解するまで聞き倒す。


だから私は願う。その人の成功を、その人の幸せを。
そのためならどんな努力もいとわない。何十時間費やすのも惜しくない。
それは私だけではなく、その人を取り巻くあらゆる人たちの共通の思い。
その人の成功が、関わった我々の唯一最大の願いになる。
その結果、その人は自分1人では到底なしえない、最高の結果を出せるのだろう。


「損はさせない」 とその人は言った。
しかし、慕っているから。応援しているから。
私1人では何もできない。でも、誰かの力になることで何かできるかもしれない。
そう思えただけで、もうじゅうぶん。ありがとう!



蛇足:
こういう話をはてなに書くと、コミュ力云々みたいな展開になりがちだけどw
なぜ”コミュ力”という他者との関係が必須の能力が、努力もせず備わってると思えるのか分からない。
おまえんち金持ちでいいなー、ってのと、おまえは金持ちになれていいなー、は違う。
容姿の話ならわかるが、コミュ力がある人は、存在を認められなかった過去を克服して他人を思いやれるケースもあると思う。だから私は、そこで挫折した人が努力した人を別枠だと蔑む行為を軽蔑する。



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